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この収入でもって毛馬内学校の年間経費は賄える予定であったが、この計画完了までの間、諸経費三〇〇円は次
のように戸数割と地代割とで各村へ賦課することにしている。
一、金三百円是は毛馬内学校一ケ年入費凡積
内六十円一ケ年受業料収入分
差引二百四十円不足
右不足金三分ノ一戸数へ割、三分ノ二地代金へ割
毛馬内学校附属之村々
戸数九百九十九戸一ケ年一戸ニ付九銭
地代金五万千七百七十三円十七銭一ケ年十円ニ付三銭一厘
此金二百四十円
石之通明治九年、十、十一、三ケ年施行候得バ、同十二年一月より受業料収入ニ不及候事。
(『前掲書』)
こうすれば授業料は徴収しなくてもよくなるとの計画であったが、完全には実施されなかったようである。
花輪供校社
花輪村の場合も、他村同様に有志の献金や賦課によって資本金の造成に当ったものと思われる
が、そのほか独得な資金蓄積方法として、供校社の設立がある。
会員数・
会員数
これは九年八月発足の第一供校社(
)と、一〇年五月発足の第二供校社
)からなっている。い
一〇一名
九〇名
ずれも小学校の授業料補助と資本金造成を目的とし、方法としては無尽形式を用いている。
一六年三月の「秋田県教育雑報・第一号」
「秋田県教育史
第一巻』所収
は「本郡内小学校中学資金貯蓄の方法を設けしもの
あり、花輪学校是なり」として、供校社の規則・運用方法等をかかげている。