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これらの学区は、町村単位で設定されている。
学務委員の選任
)。
三年四月六日、文部省から学務委員選出に関する通達があった。県では各郡長・戸長宛
に、速やかに学務委員を公選するよう伝達しているが、公選の方法や定員については明示
されていない(
『秋田県史資料)
・明治篇下』
鹿角では、一八年一月の花輪小学校を本校とする分校巡回授業所の設置伺に、第一学区学務委員として川村左
平
宮
学、田村専之助、大里寿
以上
花輪
)、児玉正次郎
)、根本五郎
田
長井
)、安倍悦人
)の名が見えるが、これら
元
麓
の人々が各村を代表する公選学務委員であったと思われる。
学務委員の職務は広範で、次のようなことを行なった。
〓学校の設置改廃並びに建築修繕に関すること
〓教員の委嘱任免に関すること
〓教則の選定、教科用書籍、諸機械を整備すること
〓授業料を定め、校費一切の収支予算を定めること
しかし公選された学務委員には教育行政について無知な者が多く、教育令の本旨を弁えない者もあった。こう
)た状況に鑑みて県は一二年一〇月告諭を発し「其の綱目を寛にして、以て弥自治の精神を暢達せしめ、益々数
〓をして盛大ならしむ。然るを其の規綱の簡易なるより、或は教育をして緩慢ならしむるものとせば、実に誤認
の甚しきと云ふべし」と、教育の退歩を戒めている。
そして各郡に対しては学事視察官を派遣して、実情の把握につとめている。一三年一月に鹿角・北秋田・山本