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*実計算不突合(『秋田県史資料・明治編下』から)

なおこの年一二月の地方長官会議で発表された「秋田

県学事表」によると、鹿角は本校七、分校一三、巡回授

〓所一五という数字が挙げられているが、第一学区以外

は具体的な校名がわからない。

連合学区制は二〇年の小学校令施行と共に廃止され、

村一校が原則となり、分校もほとんどが簡易小学校と

して独立した。二二年、郡役所は各村へ納入金の残金を

返還している一

)。

『明治二二年花輪町役場緊

要書類綴』市史編さん室蔵

授業料徴収の強化

このように各町村では連合学区

制などの工夫をこらして教育費

の節減を図っていたが、一八年八月の文部省通達「町村

子校に於て授業料徴収のこと」により、授業料の徴収は

義務化された。これは太政官布告の、町村費賦課は地租

の七分の一以下、という定めによる措置である。従って

町村財政は窮屈となり教育費の縮少を余儀なくされ、そ

の不足分は授業料の強制徴収で賄わざるを得なくなった

のである。