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秋田県では、二〇年四月をもって学校令施行にふみきった。県では「我国普通教育の大部

学校の等科変更

分は、此簡易科に依らずんば決して之を実行すること能はざるものなり。然らば則ち簡易

「秋田県史

科の設置豈等閑に付すべけんや」と、簡易科の設置を奨励している(一

○。

・第五巻』

その呼びかけは財政窮乏に苦しむ町村の共感を得、つぎつぎに等科変更願が提出された。二二年の簡易科設置

状況は次の通りである(

『秋田県史

第五巻

)。

○高等尋常両等科の外に簡易科を設置せんことを上申せるもの(全県二一校)

鹿角郡花輪村外一ケ村花輪小学校(上申者戸長)

同郡毛馬内村外一ケ村毛馬内小学校(郡長)

○尋常科の外簡易科を設置せんことを上申せるもの(全県二四校)

鹿角郡大湯村外一ケ村大湯小学校(戸長)

○高等小学科を廃し尋常科の外更に簡易科を設置せんことを上申せる

もの(全県八校)

鹿角郡小坂村外一ケ村小坂鉱山小学校(戸長)

○簡易科のみ設置上申(全県一三二校)

鹿角郡五校

そして二三年の市町村制施行によって学校の等科変更はさらに進み

第九表の通りとなっている。なお鹿角の尋常小学校が五校となって

いるのは、鉱山衰退のため廃校・私設・簡易科と転々としていた尾

(明治23年10月現在〕

第9表明治23年秋田県小学校

設置一覧

等科併置の学校があるため、小学校総数は

24校。そのほか分教室が232ある。

〔『秋田県史・第5巻』から

去沢小学校が、二三年に尋常小学校となったためである。