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受講生は当初は二〇名内外ではなかったかと思われるが、三六年二月の郡告示によると定員二五名となってい

『明治三六~大正二・鹿角)

郡告示綴

)。

来四月より入場せしむべき本郡尋常小学校准教員検定準備場生徒男女合計二十五名募集候條、志望の者は明治三十四年

本郡令第一号同場規則第十四條に依れる入場願書を三月十五日までに差出すべし。

但し高等小学校第四学年修業中の者は入場願書を差出すことを得。

明治三十六年二月十四日

明治三十六年二月十四日鹿角郡長河野隆性〓

ただし実際に何人が入学したかは不明である。なおこの資料によると、準備場開設は三四年となっている。

準備場の経営

準備場の経営には多くの資金が必要であった。第五回卒業生である高橋克三の談によれば、

字資はすべて官費で、毎月二円程の給費があったとのことである。その他講師手当、備品、

消耗品など一切の経費は郡から支出されている。三四年度の郡役所の決算書によると、支出は次のようになって

いる

いる(

『明治三六~大正二

鹿角郡告示綴』

)。

歳出

経常部合計金弐千弐百五拾弐円八拾九銭弐厘

第二款教育費八百五拾九円弐拾九銭三厘

一項准教員乙種検定準備場六百五拾九円弐拾九銭三厘

二項就学奨励費弐百円(中略)

臨時部合計金千四百弐拾円四拾銭

第一款教育費五百四拾五円拾五銭(中略)

歳出総計金三千六百七拾三円弐拾九銭弐厘