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準備場は鹿角郡男子の最高の教育機関として、教員養成ばかりでなく各方面へ人材を送り出す役割を果たして

いる。

三、その他の教育施設

看護婦養成所

平郡のその他の教育施設としては、看護婦養成所と実業補習学校がある。看護婦養成所は郡

乙で、三六年に開設されている。看護婦養成所規則によると、修業期間は一年、修業科目は

例えば「胸腹内臓の位置、形状の大要」など八科目で、看護学の大要を学ぶことになっている。

開設場所は大里文五郎の診察所で、大里が講師となっている(

花輪町役場『明治四五

へ大正二年緊要書類』

)。

明治三十六年四月、本郡に初めて看護婦養成所を設置するや其講師を嘱託せらる。氏頗る其挙を賛し、奮ふて自家診疼

所の一部を割て其教室に充て、誠意懇篤之を訓育し、其年末には学理と実務とに通ぜる看護婦十有六名を出すに至る。

此実に鹿角郡に於て看護婦を養成せるの嚆矢なりとす。

学費は郡の支給で、毎月手当金が支給された。例えば距離一里以内は一カ月一円五〇銭、一里以上の入寮生に

は三円となっている。三六年度の郡決算書によると、看護婦養成費として二八五円余が支出されている。

この養成所は、準備場とともに本郡の小学校卒業後の重要な教育機関であったといえる。