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)。

等へ配布された一

『大正四~六年町)

村長会議誌』』

第二一

この規約に従って明治四〇年から大正初期にかけ、各青年会の結成がなされている(〓

)。なお準則では広

表参照

域青年会の結成を将励しているが、鹿角では旧来の若者組を継承したため部落単位の結成が多い。町村毎の連合

明治

育年会が結成されたのは大正末期である。また、元山奨学会

)、長谷川同窓会、宮麓司窓会(

明治三

八年

七年

のように、郡の指示以前から活動していた会もある。

)など

小平青年会の創立

青年会創設に関する記録は大方散供しているが、残存している『明治四十三年・小平書

年会記事』(

氏所蔵

)によってその状況をみてみよう。

四三年、小平部落青年有志が青年会結成について行政当局や部落長老へ送った趣意書によると、旧来踏襲され

てきた若者組一

小平

若組

)では時勢の進展に応じ古い習慣を一新することは不可能であるとして、青年会創立の重冊

性を訴えている。この相談を受けた村の長老達が全面的に賛成、援助を惜しまないと言っていることから、青年

会に対し大きな期待が寄せられていたと思われる。

小平青年会の実質的な活動は四三年から開始され、創立総会は同年八月一一日、部落内の円福寺で行なわれた。

当日の来賓は戸崎郡長をはじめ、警察署長、税務署長、小室郡視学、須田農事試験場技手、鈴木・桜井郡農会技

手、村長、助役、村会議員、学校長、部落有志等々四〇名で、そのほかに高令者九名を招待している。出席会昌

は七二名で、円福寺本堂もあふれるばかりの盛会であった。

唱田千代橘会長の開会の辞についで、事業として養老式をあげる事になった旨が告げられ、続いて兎沢伝兵衞

副会長から青年会創立の趣旨説明があった。来賓代表の郡長は、会の活動に期待する旨の祝辞を述べている。総