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幻灯

阿部

鹿角における最初の幻灯会は、尾去沢笹小屋で開かれた。『見聞雑誌』

恭助

八月三日笹小や学校にて現当会」とあり、その内容については明らかでない。当時、光源は石

)には「二六年

「太陽

油ランプ、原板はガラス製の一枚ずつの板絵であった一

)。

八九年一月

花輪での幻灯は三〇年から始まり、日清戦争の実況を伝える幻灯が興行されていたという。三一年七月、大湯

『雲楼

小学校での幻灯興業は、観客の重みで二階が落ち怪我人が出るほどの大変な盛会だったという(

)。三二

日記』

年一二月には、毛馬内小学校で北鹿連合衛生会の衛生幻灯会が行われたという記録も残る。三四年一月、鹿角婦

『婦人会

人会が小上清水で教育、赤十字幻灯会を開催、参会者百余名であった(

)。また三五年七月、花輪小学

記録』

校同窓会第一回総会の席で幻灯会を企画したが、雨天のため翌日に延期している。その頃、時々学校で国史、修

身など教訓物の幻灯会が開かれていた(

『花輪小学校

同窓会誌』』

)。

四三年六月、県医師会総会が小坂で開催され、出席した県衛生課員は尾去沢を初めとして郡内各地を巡回、衛

生幻灯会を開き衛生思想の普及を図っている。

当時の幻灯会はただ単に娯楽のためでなく、特に衛生思想普及のねらいをもっていた。

活動写真

三二年、花輪横町で活動写真

到映

)の小屋掛け興行が行われている

『鹿角の

あゆみ」

)。幻灯しかみた

ことのない人々にとって、動く写真はたいへんな驚きであっただろうと思われる。

三七年八月花輪小学校同窓会の主催で日露戦争映画大幻灯会が開かれた。これは前日「器械破損のため来観者

会場に満てるもやむを得ず中止」して、翌日に延期したものであった(

『花輪小学校

同窓会誌』

)。