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二、国家管理下の神社
社寺領の上知
政府は国家財政確立の必要から、明治二年に版籍奉還を行なったが、社寺領には手がつけ
りれていなかった。そこで四年正月五日、社寺領上知の太政官布告が発せられた。上知と
は、領地を官が没収することである。これは幕府や諸藩の領地がすべて国家に帰しているのに、社寺〓
朱印地・黒印
地・除地等
〓)がそのままになっているのは政府の方針にもとる、との考えによっていた。だが社寺領の上地は
それが境内地にまで及ぶこともあって、経済上のみならず風致上も問題を残す結果となった。なお、この布告の
内容及び上知の面積(
国
全
)は、次の通りである。
〓社寺領は現在の境内を除く外、一般に上知せしめ、追って相当禄制を定め、〓米をもって下賜する。
〓明治三年度収納は従前の通り下賜する。
〓領地以外、旧政府(幕府)・領主等から寄附し来たった米銭は、三年度まで支給し四年度からは停止する。
〓上知田畑のうち、百姓持地でなく社寺が直作し、或は小作に預けてある分で、年貢・諸役を当該百姓が上納してい
るものについては、従前通り社寺の所有を認める。
全
○神社用地計
)八七、二〇〇余町歩
国
一六、五三九町歩余……境内
内訳{
{
七〇、六七〇町歩余……境外
七〇、六七〇町歩余……境外
全
○寺院用地計
)五二、八〇〇余町歩
国
九、〇七九町歩余……境内
内訳{
{
〔四三、七四三町歩余……境外
(『明治維新神道百年史第一巻』)
合計一四万余町歩