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第〓表幕末期における鹿角の社寺領

これらの上知された土地は、①社寺・神官・僧侶又は還禄し

た士族等の帰農を将励するために、これらの者に民有地として

譲渡。②再び境内地域は社寺保有官林に編入。③そのまま国有

地に、の三様となった。

幕末における鹿角の社寺領は、上の通りであった。

このうちで、大日別当・大日社人三人・萬松寺・妙蓮寺・柴

内の不動別当・広増寺・いなり別当・倉大神別当・八幡別当・

黒沢明神別当は、南部家からの寄進地であった。

この他にも大円寺・松館天満宮等にも寄進地があり、また大

日堂と柴内の不動堂には南部家から山林が寄進されており、大

日堂と柴内の不動堂が一里四方と大日立林、不動堂が二〇町四

方であった。

これらのほとんどを失うことになった社寺は、経済的に立ち行かなくなるものが出て来た。特に檀家をほとん

ど持たず祈祷寺の性格の強い妙蓮寺・広増寺は、廃寺となる運命をたどることになる。社家のなかからも廃業者

が多く出、これは次に述べる社家の世襲の禁止によって、追い打ちをかけられることにもなった