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石仏一つ光るや枯野原
四〇年六月河東碧梧桐が行脚の途中、弟子山梔子を伴ない
大湯の小魚を訪ねた。千葉旅館一泊の翌日、大円寺の藤を目
たあと運座を開いている。
寝てて食う土方の飯場さみだるる小魚
白壁や黴紫にさみだるる白岸
五月雨や咲き溢れたる寺の藤夜光
牛の病知れず死にけり五月雨碧梧桐
白崖は千葉梅弥、夜光は谷地信哉で、大湯の俳人である。
同じく四〇年八月、石井露月一
「俳星」に拠
る、戸米川村
)が十和田湖遊
覧の帰路に小魚の許へ立寄った。その折の小魚の句は特定で
きないが、露月の句は
相逢うて相語るや林檎紅に円
である。なお露月は、小魚庵に「羽〓居」と名づけ、「館下
に尚すむ十戸露しぐれ」の句も残している。
その頃小魚は雑誌『日本及日本人』の、碧梧桐選俳壇に投
句している。四〇年、四一年の入選句のなかに次のようなも
露月
第12図薊会員記念撮影(明治41年3月)(米田氏蔵)