テキストを表示
第五章大正から昭和へ
一、動揺する地方政局
大正政変
明治四五年(一九一二)七月三〇日、明治天皇が崩御し、皇太子嘉仁親王の践祚とともに、世
は大正に改まった。日清・日露戦争の結果、わが国の資本主義が大きく成長するなかで、既成
政党とくに政友会は藩閥勢力との結びつきを強め、地主の政党といわれながら資本家的色あいを濃くしていた。
単
大正元年一二月五日、政友会総裁西園寺公望を首相とする第二次西園寺内閣が、総辞職した。上原(〓)陸
)陸軍
作
大臣が朝鮮へ二個師団増設案を閣議に求め、拒否されるや直接天皇に辞表を提出したことによるものであった。
国民の世論はこのような非立憲的行動につよく反発し、閥族打破、憲政擁護の運動がさかんになった。
同年一二月二一日、長州閥による第三次桂太郎内閣が成立するや、たちまちのうちに全国に藩閥政治反対の
護憲運動がひろがった。政党との妥協を望んだ桂は、岩手県出身の原敬が実権を握る政友会に拒否され、第二党