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政府に地租免除を願うことなどといった範囲をでなかった。この時期、花輪町長であった小田島由義の日記によ

れば、役場において種籾の下付、地租免除の出願、極貧者へ救済米の給付を行なったことが伝えられている。摘

記すれば(

)、

原文は片

仮名書き

大正二年

○月二〇日郡衙にて農民大会の件に付注意を受け

直ちに重なる地主を招集す

○月三〇日午前地主を招き昨夕小作人等より願出

たる減米談を為す

一一月一八日郡衙に不作救済の会議あり

一月二〇日部落老名を招集し不作に付指示事項又

は諮問の件を議す

一月二二日籾種下付願に付受付多忙

一二月一八日種籾願の男女数十名出場雑沓夜に入る

二月一九日地租免除出願に付押印の為地主群集雑

沓甚し

一二月二〇日昨日と同しく押印雑沓

大正三年

一月二九日役場に於て町端及裏通りの老名及部落

惣代呼出し一町以上田作の者も種穀料

下付出願すへきを慫慂す

月三〇日小作一町歩以上の者にも種穀料下付願

出来る件に付役場大取込、郡長より訓示

あり午後一時より出頭貧民調査の件あり

月三一日応接所には貧民調あり金沢は種穀料を調

へ大沼は県属設楽の先導して久保田へ出

張窮民を調査す

二月三日花輪の貧民を呼出す老男女続々参集

一月九日貧民調査の為増田郡書記及関貞治実地の

調査を為す

一月一三日県属出張小田切を先導として貧民を巡視

せしむ

一月一四日不作原票調整の為め部落民を楼上に集め

協議を遂く

一月二四日極貧者廿七名を集め救済米の切符を分与

八月四日狐平の窮民五人へ救済米の切手を渡す

六月一九日花輪市街の窮民四十七名を招き白米壱升

五合金拾銭及衣類を頒布す