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遠州縞、横手木綿は非常の勢をもって輸入跋扈して居る。麻布の産出は、年々産額を減して十分一にも充たなくなり

畳の縁を求むるに困難の余り之も輸入縁を用うる様になった。養蚕は、近頃少しく頭を持上げたというものの、其以前

に比すればまだ〳〵増加せねばならない。それに往時は生糸を挽いたが、今は繭で売るから工賃だけしか取れない訳であ

る。

蒲脚胖は滅多に見ることが出来ない、製造されないのである、之は巻脚胖に変った。木通蔓細工に養成した職工は何百

人あると思う、会社のかの状態と共に八方に散じて、数人の外は悉く転業して産出も微々たるものに至った。草木の竹細

工も段々かの不手際なるを忌んで、津軽辺より来る篭や篭が年々輸入してきて、荒物屋の店頭に数種の輸入品が陳列され

ている。(略)牛の産出一時著しかったが槿花一朝の夢と化し、漸次衰頽し来った今日は、冬飼するに損が行くという有

様である。

有名の鹿角林檎は、五十車以上も輸出したのが近年は半減になり下って、何時か元の全盛を見るか随分怪しくなってセ

た。山林は年々荒廃して行くのみである。一時声価を博したるも、昔の鉄瓶事業は殆んど空名を守るに止まって居る。〓

良農具の輸入は年々増加するに連れて、旧来の農具鍛冶屋は随分閑散になって居る。細工鍛冶も飾り屋も段々寂寞を極め

輸入金物屋は年と共に殖えて行く。林木の滅〓は二つ屋扇田の製材を輸入して、木挽も随分商売にならなくなった。ばけ

つの輸入やどぶろくの禁止は、桶屋も随分仕事にならなくなった。

立山翁はこのあとで、かかる生産の衰微は交通不便の鹿角に小坂鉄道が開通し、社会の進歩によって山間の僻

地までも商業競争の手が伸びつつある結果にほかならない。これをさらに内から助けるように小坂の大鉱山が栄

えたため、便利と華美の生活に一挙に眩惑されてしまったことによる、としている。

このように老農とよばれる人の目にも、伝統的な零細の地場産業が次々と没落していくなかに、強大な商業族

本の成長という避け難い時代の波がひたひたとおし寄せている状況が適確に映っていた。そしていつしか農村社