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話も聞かず、近村の手間取もひっきりなしに出稼にくる盛況である。他鉱山に比して賃金は低廉なるにかかわらず、この
ような扶助法がそなわっているので職工たちも安んじて永住する次第である。
三年四月、尾去沢鉱山では従来の賃金支払方法を改め、各現場ごとの採鉱量に応じたいわゆる出来高払いとし、
灰績の優劣によってそれぞれ賞与することとした。その結果採鉱量は競争的に増加したが、総体の労賃は著しい
減額をみて、個々の賃金は値下げ同様となった。これをつよく不満とした鉱夫たちは、二二日いっせいに同盟罷
業に入った。小田島由義の日記『伏雲叢書』四月二三日の項には「昨夜より尾去沢鉱夫同盟七百人計り賃増の為
め事務所に迫る、警官鎮撫に努むと」と記されている。
本県鉱山の本格的な労働争議のさきがけといわれるこの事件の経過を、新聞記事をもとにたどってみる。
鉱夫側要求の中心はまさしく賃金の値上げにあり、それについて山内の自鉱夫、渡り鉱夫一致して採鉱課へ願
いでることを決め、「一、賃金を八拾銭以上壱円弐拾銭までに値上すること」「一、坑夫の家族全体に安米を供
給すること」ほか一一カ条の申合せを定めた。採鉱課からは、多数集会しては要領を得ぬのみか不穏となる虞れ
があるので代表者をだすようにいわれ、それぞれの採鉱現場である元山、田郡、赤沢、石切沢、下沢などから一
三名を選んだ。交渉の結果、鉱山側から二二日午前一〇時まで回答する旨を約束した。
当日その時刻になっても回答がなかったので、午後三時ごろ一、二〇〇余名の鉱夫が採鉱課を包囲し、違約し
た池田課長を口々に罵倒し血気にはやろうとする者もあった。争議側代表者は「ガラス一枚なりとも破ってはな
らぬ」と、固くその乱暴を制した。多くの人々が要求の貫徹を叫んで諸所に群がり、解散しようとしなかった。
花輪警察署から多数の巡査が出張して取締を行い、花輪からきていた日用品販売の売店も危険をおそれて引きあ