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注3、秋田魁新報大正二年一二月二六日付

注4、同同三年一月二八日付

注5鹿友会誌第十七冊、「鹿角郡是」立山弟四郎

注6秋田魁新報大正三年一月三〇日付「花輪便り」

注7大正版『秋田県史』県治部四・第七冊、鉱業編

注8鹿友会誌第一五冊、「尾去沢通信」

注9秋田魁新報大正三年四月二八日付

注〓同同三年四月二六日・同五月一一日付

注〓同同二年四月一七日付

注〓同同二年七月二五日付

注〓小田島由義『伏雲叢書』、大正五年二月一三日・同一五日

三、第一次世界大戦のころ

大戦おこる

一年(一九一四)六月、オーストリア皇太子がセルビア人によって暗殺された事件を契機に

翌月オーストリアがセルビアに宣戦、さらに八月ドイツ・オーストリアとイギリス・フランス

ロシヤとの間に宣戦布告が行われ、ついに世界大戦へと発展した。根本的には、原料と市場を確保しようとする

植民地拡大の競争から始まったといわれ、ドイツ・オーストリア・イタリアの三国司盟と、イギリス・フランス・

ロシアの三国協商のするどい対立が、中近東を舞台に緊迫し、火をふいたのであった。