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さらに日本・ルーマニア・ギリシアが英仏側に、トルコ・ブルガリアがドイツ側について参戦した。イタリア

は四年五月アフリカなど植民地拡張の約束を得て三国司盟を破棄し、英仏側に加わった。

口本は、三年八月日英同盟を名分として参戦したが、もともと中国における利権拡大をめざしていたため、〓

東半島に上陸し、ドイツ利権の青島を攻撃するとともに山東鉄道を占領した。また海軍は、赤道以北のドイツ領

南洋諸島を占領した。翌四年一月、中国大統領袁世凱に旅順・大連の租借延長、山東省ドイツ利権の譲渡、南満

州・内蒙古の権益など二一カ条の要求を提出し、アメリカはじめ列国のつよい不信感を招くとともに、中国国民

の排日抗日運動に油をそそぐことになった。

ヨーロッパの戦線が長期化するに従い、まずロシアに革命がおこり、七年三月ソビエト政府はドイツと単独講

和を結んだ。ドイツもまた六年四月アメリカの宣戦布告によって劣勢にたち、七年一一月労働者の武装蜂起にあ

い皇帝は退位を宣言、革命政権は連合国との間の休戦協定に調印し、ここにようやく第一次世界大戦の終結をみ

た。八年六月ベルサイユ講和条約が結ばれ、日本は中国山東省のドイツ利権を得たが、中国はこの山東問題に抗

議し条約調印を拒否した。またわが国が南洋諸島を委任統治の名で領土としたのはこの時である。

この戦争で、第八師団(

)が青島上陸作戦を行い、のち管下の第一七連隊

)のうち第五中隊が六年五月

に、第一一中隊が七年九月に青島に派遣されたが、八年一〇月までにはそれぞれ帰還している。また海軍大佐害

毛馬

〓)は、開戦とともに水雷母艦々長、掃海隊母艦長として青島に出征し、活躍した。

乙年八月、ロシア革命後のシベリアの混乱を防ぎ、孤立したチェコスロバキア軍団を救済す

山芳得(

シベリア出兵

〓という名分のもとに、日本をはじめアメリカ、イギリス、フランス、イタリアなどの共同