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第一節大正デモクラシーの波
大戦景気
弟一次世界大戦は、わが国にとって大正初期の経済不況をいっきに吹きとばす時の氏神的な役
割を果すこととなった。大戦初期には、ヨーロッパ向け輸出の滞貨と原料資材の輸入停滞で打
撃をうけたが、それは一時的なものであった。やがてヨーロッパ参戦国に対する軍需物資の輸出が増大し、アメ
リカむけの生糸輸出も上昇した。中国やインドなどアジヤ諸国、さらには豪州、南米へさえ、戦争でとだえたヨー
ロッパ商品にかわって日本商品が進出した。
このような国内の生産と輸出の激増にともない、景気はたちまちに好転し、多くの成金があらわれた。成金と
は急に金持になることで、将棋の歩が敵陣で忽ち金将と同じ働きをするのに譬えた、当時の流行語である。その
成金のなかでも筆頭格は鉱山成金、船成金、貿易成金であるといわれた。鉱山成金でも出色なのは、もと小坂鉱
山長であった久原鉱業の久原房之助で、日立鉱山の経営で巨利をはくし、大正七年に久原商事を、翌八年電気機
械関係の日立製作所をつくっている。
)ともと商工業に乏しい鹿角には、大戦景気といえるほどの恩恵はすくなく、ひとり銅需要の増加による鉱山
第1表鹿角郡の鉱産額(『鹿角郡産業調査書』に上