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関威、高谷謙太郎、宮川の阿部藤助、阿部清治、曙の根本一三、渡部繁雄、柴平の関省三、児玉高則、金沢卯大
郎等。北部では、毛馬内の山本修太郎、勝又次郎、石川正治、樋口定三、錦木の青山文太郎、大湯の諏訪駒次郎
上野豊吉、諏訪省治等と目されていた
総選挙と違反
かくて第四区一
鹿角
北秋
中
憲
)は町田一
〓)、横山(
)の一騎打となり、はげしい選挙戦に入った
政
護憲三派の町田派の遊説は四月二四、二五両日花輪と毛馬内で行われた。同二八日同派の参
謀である石木田新太郎・豊口竹五郎の両氏が、突如選挙違反のかどで、大館刑務所に収監されるという事態が起
こった。これは四月六日花輪における護憲三派演説会のあとに花輪倶楽部で開かれた懇親会が、会費以上の饗宜
となったのではないかという嫌疑によるものであった。両氏は五月一日に釈放されたが、同二八日に大館町から
七〇余名、鷹巣町から四〇余名の護憲派を召喚取調を行い、政府の露骨な選挙干渉として非難が多かった
また当時の新聞報道によると、花輪の有志青年が町田派に対する非立憲的な選挙干渉に抗議し、花輪護憲青年
団長大
団を組織、事務所を花輪六日町佐々木旅館に置いた。所属していた花輪青年団
本部員が青年乃鹿角紙
里周蔵
に拠り、政友本党に偏した行動がもっぱらであることを理由に、遂に団旗を返還し護憲派支持を明らかにしたの
であった。小坂町実業青年団も同じく護憲側に立ち、選挙運動が青年団をもまきこんで激化した状況をあらわし
ている。
これに対し横山候補は、遅ればせながら四月二九日花輪劇場において政見演説会を行なった。応援弁士として
副警保局長後藤文夫が同行していた。もともと政友本党の勢力基盤のつよい、縁戚関係の濃い鹿角なので、初め
から優勢のうちに運動がすすめられていた。時の県議二人とも同派で、郡南は大里周蔵、郡北は山本修太郎が広