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郡役所廃止
地方自治のなかで郡制は、県と市町村の中間自治体として次第に存在理由を失いつつあった。
引治三九年と四〇年の両度にわたり郡制廃止が議会に提案されたが、いずれも衆議院可決、書
族院反対におわった。大正一〇年三度同廃止案が提出され、「郡の自治体としての活動は、府県市町の活動状況
に比して見るべきものなし」として、これを廃止することに決定した。
秋田県ではこれを受け、一二年四月一日郡制廃止を実行に移した。産業職員などの郡費支弁吏員は県費負担に
移し、郡立図書館は県立秋田図書館分館とした。また郡道のおもなものを県道に編入した。
五年六月の「地方官官制」改正により、郡役所廃止も決定された。従来の郡書記、視学、農林技手はそれぞ
れ県に転任となり、また県の出先機関として土木事務所、県税取扱者の郡駐在、産業技術員の長期出張の体制が
とられることになった。町村監督に関することは県地方課が担当し、この状態は、昭和一七年七月地方事務所設
置に至るまで続くこととなる。
74表鹿角郡長歴任表(大正)(『秋田県史』資料明治編上に、
(一五年六月三〇日廃官)