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尾去沢鉱山争議

五年一〇月にいたって、尾去沢鉱山にも大規模な労働争議が発生した。小坂鉱山の争議

に刺激され、影響をうけたことは否めなかった。

尾去沢鉱山に労働組合結成の動きが活発になったことについて、秋田魁新報はつぎのように報じている。三芒

の経営する尾去沢鉱山では坑内夫の平均稼ぎ高三四、五円、何十年働いても勤続手当皆無なので、今春末から組

合組織の運動がさかんになっていた。過般精煉職頭菊沢勘三郎が、組合運動を理由に鉱山から馘首追放された白

丁を苦にし、縊死したことが刺激となり、動きが次第に具体化してきた。鉱山では、運動にむかう者を次々と馘

首し、四五名以上に達した。鉱山の出入り口には見張所を設けていちいち誰何し、怪しい者の入山を許さなかっ

た。花輪農民組合の黒沢由五郎支部長が知人を訪れると、その知人は忽ち馘首になり、また係員が勝手に坑夫の

辞職願を偽造するといった行為までも明らかになった。さらに三ツ矢沢の煙害交渉に際して日本農民組合川俣清

首らの介入を拒否したことや、庶務課長が実情といちじるしく違う「坑内は四円四、五〇銭から二円二、三〇銭

平均働きますよ」との新聞発表をしたことなどが、火に油をそそぐ結果となった。

○月八日、情勢は突如として組合結成と同盟罷業に発展した。この日花輪市日を口実に、坑内夫らは二時頃

から三々五々カンテラを持ち作業服のまま下山した。四時になると全町に、午後七時から煙害問題批判演説会を

花輪劇場に開くというビラがいっせいに貼りだされた。弁士には井上領五

、日本農民組合本部青木恵一、工

藤富蔵、坑夫連合岡田吉次郎、土崎労働組合佐藤賢三等の名がつらねられていた。

続々と入場した石切沢、万歳、田郡、赤沢の二六五名の坑夫は、入ると同時に坑夫総連盟会の入会書と入会金

を差出した。開会まもなく、先日の庶務課長談の「最高四円四、五〇銭最低二円三、四〇銭」がとり上げられ、