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再び尾去沢争議
新要求一七カ条をめぐって争議団代表、鉱山長以下が佐藤県刑事課長・鈴木警部ら立会のもとに交渉に入り、翌
二七日午前五時半まで徹宵の協議をつづけた。事務所前には雨の中八〇〇名の鉱夫、一五〇名の女工が二〇余カ
所に火をたいて喊声をあげたが、結局物別れに終わった。
争議団指導者たちは、寒さにむかう時節これ以上固執しても犠牲者をふやすだけと判断し、二八日協和館に労
働者全員大会を開き、会社の提案を了承することを決めた。妥結の条件は、賃金は収入の一割増のこと、年一回
定期昇給のこと、住宅に電燈をつけ衛生設備其他申込み通り改善する、組合加入を認める、争議中の犠牲者は出
さない、争議費用の意味として罷業の職工に二〇日間賃金の三割を支給する等であった。同夜協和館に慰安会を
催し、二九日午前六時、一、二〇〇名の鉱夫は盛んな入場式を行い、一斉に就業した
一時平穏に戻ったのも束の間のこと、昭和二年三月尾去沢鉱山は再び争議の嵐に見舞われ
た。あらたな争点は、同年一月施行の健康保険法による保険料会社負担問題と、昨年の製
煉所襲撃で騒擾罪被告人となった松岡惣八、斉藤忠三が、無断欠勤の理由で馘首されたことであった。鉱山は、
今後とも会社の方針に従わない者は解雇一点張りで進むことを言明し、二月末までに二一名の解雇を発表した。
危機感をつよめた組合では、日本鉱夫組合の応援を求め、同組合の高橋長太郎が二月二三日に、加藤勘十が同
二六日にそれぞれ到着した。三月一日、前回組合側会場となった協和館はいち早く鉱山に封鎖されたため、花輪
劇場を会場に尾去沢鉱夫組合主催「馘首問題批判演説会」が開かれた。組合旗を先頭に五〇〇名が入場、弁士と
して加藤勘十、高橋長太郎、木村定治、沢田芳雄、本田政美、斉藤三治、桧山五二郎の各氏が登壇した。
方鉱山側は、同一日、組合の分裂をはかるため、いわゆる穏健派で反主流の立場にあった前争議部長浅利縣