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を議長とし、笹小屋石木田方において「尾去沢同志会」発会式を挙げた。参集四〇〇名といわれ、来賓に内田
尾去沢村長、北村青年団長はじめ鉱山から鈴木鉱山長以下課長、係長、職員多数が出席し、祝辞を述べた。
このように鉱夫組合が二分し、対立を深めるなかで、三月八日組合側は再び花輪劇場に「尾去沢争議批判演説
会」を開いて気勢をあげた。この演説会は労働農民党と日本労農党支部の共催によるものであった。また先ごろ
鉱山側が今後とも争議を繰返す場合は縮少か休山のほかないと言明したことに、村の前途を憂慮した村当局と村
氏有志は、九日「尾去沢村自治懇話会」を結成、「吾村の興廃は一に鉱山事業の盛衰に関す」として過激思想を
排撃する旨の宣言書を発した。一一日には花輪実業同志会でも同じ趣旨をもって、組合側に反省を求める声明書
をだした。反組合の同志会は、すでに八〇〇名をこえる会員を擁するに至り、組合側は日増し不利な状況へ追い
こまれていた。
二月二四日、六時半の入坑時間から約三〇〇名がついに罷業に入った。同日八時頃同志会員が大挙して組合本
部の桜田宅付近におし寄せ、双方入り乱れて乱闘し遂に流血の惨事となった。鉱山側はこの日一五名の馘首を発
衣した。組合の提出した一一項目の要求書は、冒頭に「二月十七日以後の解雇者を復職せしむること」を掲げ、
次に組合加入の自由、坑内夫の賃上げ、製煉の三交替勤務、家族米支給等をあげたなかに「佐藤松太郎、浅利縣
一、川村久太郎、川俣敬孝、高橋虎之助、若松善助を解雇されたし」の一項を特に加えている。これらの人たち
は同志会の指導者で、この争議が待遇改善をめざしたというよりいわゆる御用団体の同志会に対する敵意を露わ
にした組織防衛の性格をもつものであった。