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とくに二大政党対立となり、政友会内閣のもとにあっては政友派が横暴をきわめ、民政党政権下では同派が倍

○若無人に振舞う、普選実現によってもたらされた過渡期的な姿がそこにあった。加えて農村は封建的色彩がつよ

く、地主・小作人、本家・分家、家父長制家族形態などの諸関係が、個人の自由な選挙行動をしばる足伽となり

情実と金権が幅を利かせていた。

このような世相を評して、秋田魁新報はつぎのような社説を掲げている。「町村自治の現状をみるに、大小の

事柄は政党政派にからみ、事の是非を問わず、一方が賛成すれば他方が反対して相噛み合い、ために自治の運田

を欠きその発達を妨げていること甚しい(略)。大胆不敵な白昼の悪事も、政党がからまっていると監督権が授

るのみならず、却って有利に片付けてくれるという始末であるから、最近町村内の出来事は、総て政党の手にす

がり、如何なる無理をも押通そうという空気が頗る濃厚となってきたのである」

町村の民度あるいは民力を知る指標のひとつに、県税や町村税の納税状況がある。昭和六年八月現在の、鹿角

郡県税の諸滞納とみるべき繰越金は六、七四四円一五銭で、これを各町村別の収入割合からいえば、

朱平八割三、大湯七割六、七瀧七割三、花輪七割〇、宮川七割〇、小坂五割三、錦木四割八、曙四割八、〓

去沢四割一、毛馬内二割五

という状態であった。全郡的な収入割合は六割となり、毛馬内の成績がもっとも悪かった。

市町村税徴収成績でみると、県地方課による五年一二月末現在の鹿角郡賦課額二〇万三、六六三円、徴収額一

四万〇、二〇五円、未納額六万三、四五八円、総収入歩合は六割八八であった。六年八月一九日付秋田魁新報は

滞納、赤字、費消、鹿角町村の異状/農民はもう役場に関心を持たぬ状態」というセンセーショナルな見出し