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のもとに、つぎのように報じている。準禁治産者のような現在の農村自治体から、本来の自治に還らねばならな
い。毛馬内町の歳費は例年四万円内外であるのに、諸税金の滞納が三万円。これが原因となって四万円の町有基
金に手がついて金庫がカラになった。柴平村の歳費例年一万三、〇〇〇円内外のうち滞納が二万円、これと同じ
ような数字を示している村に錦木があり、七瀧がある。最近は天降りの法令による繁雑な委任事務が多く、農村
自体の固有事務や福利増進の指導的立場に立てないため、農民は役場に関心をもたなくなった、としている。
〈正一五年六月、大湯村会において小坂鉱山使用の発電用水路二万五千坪の賃貸料金値上
政争やまぬ大湯
けを決議したことから、村内に大きな紛糾の種がまかれた。村会は、膨張する村費の財源
を得るため、従来の使用料坪当り五銭を一挙に一円とすることを決め、鉱山との交渉に入った。これを拒絶した
鉱山は、村会有力者への工作をはかり、かえって村民の誤解をまねくとともに、村長派、反村長派の対立に油を
そそぐこととなった。
この問題は、しばしば村民大会の開催にまで発展した。昭和三年二月村内に貼りだされた「水路問題の安売村
会あり、村民立て」のビラのもとに開かれた村民大会は、鉱山に対して弱腰と目される村長への批判と弾劾に終
始した。同月末日、その先鋒たる政友派の村会議員八名は辞職声明を発表し、議員を辞任した。村民の多くは民
政派の村長に対するあまりに露骨な政党的行動として、これを憂慮した。九月に至り、この水路敷地問題は、貸
付料金を従来通り坪五銭とし、小坂鉱山は村費に対し金一万〇、七〇〇円の寄附を行うとの条件で、円満な解決
をみることとなった。
大湯村は、三年一一月一日より町制を施行し、大湯町となった。昭和天皇即位の御大礼記念事業として、村会