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抽籖によって決したがその方法に、不正と村議買収の事実ありとして告訴がなされた。続いて同村役場書記四名

が、給料不払に困ったあげく徴収した村税を生活費に費消したという税金横領事件が発覚した。村長の辞職とと

もに、県は同村救済のため当分関係者以外より村長代理を任命するほかないと判断し、さきに鷹巣、角館等の臨

時村長代理をつとめた高橋伍助を派遣、臨時村長代理に任命した。

同じ時期に、村当局が不法にも部落入会地を部落有財産統一の名目で変更登記を行い、小枝指部落から入会地

所有権確認の訴訟が出されていた。

なお、二〇数年にわたる教員俸給不払村として悪名を高めていた同村が、極力滞納整理に努め、完全に不払の

解消をみるに至ったのは、一四年五月のことであった。

排納にあえぐ町政

郡内町村の諸税滞納状況はさらに進み、昭和六年度の県税滞納額は二万四、九〇〇余円

に達した。毛馬内町の七、〇〇〇円を筆頭に花輪町三、〇〇〇余円、錦木村二、九〇〇

円、曙村三、〇〇〇円、柴平村一、三〇〇余円という数字は、各町村ともいかに経済的に逼迫していたかを窺わ

せている。

花輪町は、県立花輪高等女学校の建設資金八万円の内寄附金四万円を計上したことなどから、納税に渋滞をき

たす傾向がつよまっていた。九年度末の未納金は三万三、〇〇〇円の多額にのぼったが、町当局の断固たる整理

計画によって、一〇年六月末には二万四、〇〇〇円の収入を得、残り九、〇〇〇円も年内に整理の見込みが立ち、

財政運用にあかるさが増していた。

滞納の悪弊によって、町政全体が危胎に瀕したのは毛馬内町であった、七年にはいり町税滞納額が四万二、〇