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忍持久の三大スローガンを掲げ、官製によるこの国民運動を広範に展開した。神社の参拝、勅語奉読式、戦没者

慰霊祭、軍人遺家族の慰問、出征兵士の歓送、英霊の送迎、柔剣道など伝統スポーツの奨励、ラジオ体操、清掃

奉仕、国防献金などがそのおもな活動であった。

また一三年二月、家庭報国綱領が作られ、国旗掲揚、予算生活、国債応募、服装などの質素化、物資節約と廃

物利用、徒歩励行、禁酒禁煙などを国民によびかけた。一四年九月からは、興亜奉公日が毎月一日にもうけられ、

神社参拝、勤労奉仕、料亭娯楽場などの休業、一汁一菜、日の丸弁当などが強制的に行われるようになった。興

亜奉公日は、一七年二月から毎月八日の大詔奉戴日にかわった。

五年三月、県内各郡ごとに郡事務所が設置された。その規程による事務内容は、国民精神総動員事務、財務

事務、産業の指導事務と定められ、これまでの財務出張所や農事・畜産等の指導駐在員を統合し、国民精神総動

員関係、町村常会・部落常会・町内会の指導関係を取扱う、まったく戦争遂行のための行政一本化をめざした改

組であった。鹿角郡事務所は花輪町旧郡役所に置かれ、所長には河田鉄三郎が任命された。

同年一〇月、中央では大政翼賛会の発会式が挙げられた。第二次近衛内閣の新体制運動から生まれた、臣道実

践を目的に政府に協力するための、官製的な国民統制組織であった。既成の各政党は、時代の進展にとり残され

まいとして自ら解党して、これに呼応した。内務省は部落会・町内会を、銃後の後援、国民防空、貯蓄、物資の

増産、供出、配給、消費の規正、生活の刷新、切符制度の実施などの重要国策遂行の単位として強化するため

部落会・町内会等整備要項」を示した。

右にもとづいて秋田県が一〇月整備要領として訓令した内容によると、村落には部落会、市街地には町内会を