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人出稼調査によると、年期女工、醜業婦になるものの理由として、貧困及び農村不況によるが第一位に挙げられ
『綜合郷
ている(
○。
土研究』
婦人の出稼ぎ・離村が増加するに従い、県ではその実態の把握のため凶作地女子離村防止懇談会を開くなどそ
の対策にあたった。
本郡におけるこの懇談会は、九年九月宮川村で開催され、各町村長はじめ小学校長、方面委員等六〇余名が出
席した。鹿角の実情として、かって紡績業の好景気時代に女工等として相当離村したが、凶作によっての身売り
離村の例はほとんど聞かない、しかし親の無知と悪質な周旋屋による身売りや誘拐同様の離村女子は潜在的にか
なりみられるなどの意見がかわされている
鹿角時報、昭九・
・一二・二一付
同一〇月末までの離村婦女子は県内一六二名、県
外二三一名、計三九三名にのぼり、小坂町、毛馬内町、花輪町、宮川村等が多かった
秋田魁新報、昭九
・一二・一八付
○。
失業
もともと鹿角の農民は稲作単一の農業経営と零細な小作農が多く、兼業農家として鉱山稼ぎや
宮林署人夫、出稼ぎなどをして收入を得ていた。したがって大正九年の鉱山不況などの場合に
は深刻な影響をうけ、従来にもまして出稼ぎ・移民が増加し、その状況は次のとおりであった。
秋田魁新報、大一三
秋田魁新報、大一三
一〇・八付より作表
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出稼ぎ