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町立幼稚園となった。
県が児童の保護とともに農事作業の能率増進をはかって、農繁託児所の設置を奨励したのは昭和二年二月であっ
たが、これより先、平元小学校では大正一五年六月九日から六日間、農繁期臨時託児所を開設していた。保母は
女教師三名のほか婦人有志、高学年女子を助手として、午前七時から午後五時まで延一七六名の子どもの保育に
あたった(
秋田魁新報、大一
五・六・二〇付
「という。この農繁期に限る臨時託児所は郡内に次第に増え、昭和三年には次のような
施設があった。
第八表昭和三年度農繁期託児所(『県勢要覧』昭和四年
特に七年度から、朝日新聞社社会事業団が優良託児所の選奨を行って普及に拍車を加えたので、その内容も著
しく整備されていった。一三年には、下川原分校農繁期託児所が優良託児所として、朝日新聞社より表彰をうけ