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)。
ような弊害防止のため、郡役所では職業紹介所の普及、学校教員の職業指導などについて町村長に指示してい
た(
『町村会指示事項』花輪町)
役場、大一五・五・二八
呆は昭和二年一一月、少年職業紹介の特設方を勧奨した。花輪町方面委員会でも失業救済、貧民救護のためと
小学校卒業児童の就職斡旋のため、至急職業紹介所を町に設立するようつよく要望していた。これにより町では
四年四月から町役場内に開設することとし、認可のおりた九月から業務を行った一
鹿角時報、昭)
四・九・五付
〓。
花輪町職業紹介所では、各町村長・小学校長との打合せを持ったり、職業指導デーを開催したりして、町民の
啓蒙に努めた。また地元紙に求人・求職を広告するとともに「学校を巣立つ少年少女の皆様方へ」の記事を載せ
こ、手続簡単、紹介無料、就職旅費半額支給などのPRに努めている
鹿角時報、昭六
・三・一〇付
○。
一三年七月、職業紹介事業は市町村営から国営となり、国営花輪職業紹介所は同年一一月、旧郡公会堂に開設
された。初代所長は鈴木九八である一
鹿角時報、昭一
三・一二・一付、
○。
五年八
毛馬内町では、小坂町職業紹介所
を経由して求職者の便宜を図っていたが、国営移管にともない花
月認可
輪職業紹介所の管轄下におかれることとなった。また、新たに職業紹介所連絡委員が各町村におかれることとな
り、毛馬内町では一四年三月、高橋克三、立山幸八、勝又清毅、安保伊三治、斉藤雄次郎、成田喜太郎の六名が
任命された一
昭和一四年『町会議"
決録』毛馬内町役場
)
花輪職業紹介所のその後の変遷をたどると、
)。
三年一二月独立庁舎移転花輪町中花輪一一四の二
一六年二月花輪国民職業指導所と改称
一九年三月花輪国民勤労動員署と改称
二〇年七月新庁舎竣工移転花輪町下花輪一五三