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三、公立病院の設立

無医村

正六年『町

輪町役場

大正六年、鹿角における開業医師数は二八名、郡内一〇町村のうち柴平村には医師の常設出張

所はあったが、曙村、柴平村、錦木村、七瀧村には居住する医師はいなかった(

自大正四年至大

村長会議誌』花

)。この無医地区は、昭和に入ってからも解消されなかった。

一方、郡内には無産婆地区もあった。このため、郡では大正三年度郡予算に産婆養成費として五八〇円を計上

した(

目大正三年至大正七年『鹿

角郡告示綴』花輪町役場

)。この郡立産婆養成所は小坂病院内に設置され、入学資格は一八歳以上三〇歳以

下の女子一〇名を募集し、一年間勉学させるというもので卒業後満二年間郡内で産婆開業が義務づけられていた

(秋田魁新報、大、

三・三・一九付

その後も郡では、「産婆二七名のうち現地免許一〇名、無産婆村三カ村、試験及第者の開業は僅か四カ町村の

現状から、各町村では適任者を養成するか、町村産婆を設置するか、産婆養成措置について努めること」を町村

○。

第一二表医療従事者一二月三一日現在(『秋田県統計書』大正一四・昭和二・四年より作成)