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十和田湖岸道(新路線)七滝村休平県界より瀧ノ澤を経黒石方面の県界迄編入され、改修区域は休平県界より和井内養魚

場迄、及び瀧ノ澤の前後県界迄

(中略)尚ほ十和田街道は壹萬千七百圓、十和田湖岸道は七千弐百圓、田澤湖岸道は六千八百弐圓なり

)。大正三年、秋田県知事より内務省に申請した新県道の中にこの十和田両線ホ

と報じている(

秋田魁新報、大二

・一二・二二付

含まれ、凶作救済のため改修道路として認可を受けている。

この年の六月、内務省の土木局技師が県道の視察のため、十和田湖岸道と十和田街道を小坂から発荷・発荷か

ら大湯へと二日にわたって訪れている。

観光道路としての重要性が高まったための改修であったが、改修される前の状況を大正二年八月一七日付秋田

魁新報は、「此に不便なるは湖岸道の不通にして小坂より鉛山越しする乗馬の客は大湯温泉に、大湯よりの自転

車客は鉛山に廻ること能はす。之れ湖岸は道路全く不通にて唯湖面を舟行するのみ」と記している。

大正四年の県の追加予算(災害土木費)には鹿角街道・濁川街道が、復旧道路としてあげられている。

同五年に来満街道の改修工事費の一部として、不老倉鉱山から秋田県へ一万円が寄附されている。なお、これ

には条件がつけられ、改修工事の区間は小又沢から鎌ノ沢までとされていた。

同八年、秋田県の道路改修計画により、大館三戸線(来満街道)と十和田湖線(十和田街道)の改修が、左記

の様に行われることになった。

大館三戸線大正九年より三年間五八、二五五円

十和田湖線大正一二年より三年間六五、一〇〇円