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なった。花輪運送店(丸合運送店)は、丸佐運送店と称してきたが、昭和三年に店員が佐藤運送店(山佐)を開
業したのに伴い、改称したものである。
昭和六年浅利醤油店でトラックを購入して、貨物自動車の営業許可を得ている。
戦時統制の強化とともに、昭和一二年四月五日公布・施行の日本通運株式会社法により、全国の運送業者は日
本通運株式会社への統合がはかられた。
産業道路の改修
昭和四年、毛馬内産業道路は寄熊橋から大湯までの工事に着工した。また、大湯町制施行
記念道路として、大湯入口より大和橋付近までの直線道路の工事が行われた。
同年、県道毛馬内・小坂線の内、小坂地内の字白岩の高さ一二間延長八〇間の危険な岩壁面を取り除く工事が
行われた。また四年から工事に取りかかった花軒田道路(花輪町久保田から花軒田)が、七年に自動車の通行出
来る拡幅道路として完成した。
昭和五年一二月、鹿角郡町村長会では、次の二線を県道に認定してもらうよう請願することになった。
1、十和田線鹿角郡大湯町中瀧より、青森県道羽井内五戸線三戸郡戸來村道に達するもの
2、十和田線鹿角郡大湯町中瀧より、青森県上北郡法奥沢村十和田国有林霞峠宇樽部に至るもの
青森県の盛んな県道請願運動にくらべ、秋田県側は、後れを取っていた。鹿角と八戸を結ぶ路線としては右の
二線うち1の線(大湯・中瀧・大清水・夏坂・田子・三戸)のほうが、従来の県道(大湯・不老倉・来満峠・夏
坂・田子・三戸)よりも有望であると考えられるようになっていた。これより先、八戸大湯連絡道路改修(1の
道路)のため主唱者の大湯町諏訪富多・毛馬内営林署長塚田庫三・毛馬内町長豊口竹五郎・鹿角乗合自動車会社