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社長勝又清毅・毛馬内町立山弟四郎が八戸市へ出向いて、八戸市当局とこの道路改修の交渉を行った。八戸市で

は、水産商圏拡張のため賛意を表し、協力を約束した。その後、八戸市・五戸町・戸来村の代表が大湯まで来て

提携を約し、やがて改修工事に着手した。工事は分担して行われ、中瀧より諏訪の経営する大清水開墾地の分岐

点までの約半里を諏訪富多(約三、〇〇〇円)、同分岐点より冷川(小坂鉱山の製炭所がある)までの約一里を

小坂鉱山(約五、〇〇〇円)、冷川より県境までを戸来村(約三、〇〇〇円)が担当した。

その結果、翌年早々に大湯・八戸間の産業道路が連絡し、六月二二日には開通式が両県知事も出席して迷ケ平

で盛大に行われた。この道路の開通により、八戸から三時間のトラック便で鮮魚が直送されるようになる。大飴

町でもこの道路の開通に期待をかけていたが、大館・八戸間は五時間で連絡されるようになった。

さらにその後も改良工事が行われ、昭和七年六月、大湯・八戸間産業道路の落成式が、諏訪の経営する大清水

開墾地で両県の有志が参集して盛大に行われた。

小坂町から青森県碇ケ関村に達する道路は、県道を廃せられていたが、毛馬内営林署により修復されること〓

なった。小坂から県境坂梨峠まで七キロメートルのうち五キロメートル余りを毛馬内営林署で工事を施行し、白

動車も通行出来るようになった。

昭和八年、大湯・毛馬内間のバス運転計画の前提条件として、地元十和田会から県知事に対ししきりに道路拡

張工事の陳情が行われた。