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昭和九年の県の救農工事で鹿角分の県道は、大館盛岡線(花輪)、大館三戸線(錦木・毛馬内・大湯)、発荷
休屋線(七滝)、大湯花輪線(大湯)、花輪角館線(宮川)、大川岱小坂線(小坂)となっている。
このうち、花輪角館線の花輪からシカ湯(現在の玉川温泉)までの一八キロメートルに対して、宮川村の関直
右衛門が二万五、〇〇〇円を寄附し、県費と合わせ四万円をもって工事を行い、上トロコまで完成している。翌
年も関直右衛門は一万五、〇〇〇円を寄附し、県費と合わせ三万円でそれより先三キロメートルの工事が行われ
ている。
2観光道路の整備
十和田顕勝
道路の改修
ながい間発荷峠までしか自動車の通行が出来なかった十和田顕勝道路は、七万一、〇〇〇余円
り巨費を投じて、昭和二年(一九二七)に発荷峠から湖畔まで通れるようになった。これによ
り十和田湖観光の便がさらによくなり、観光客の増加につながった。また、湖畔の住民にとっ
ても生活上多くの利便がもたらされることになった。
同三年、さらにこの道路の幅員拡張工事が、行われている。また、この年に小坂・毛馬内の有志が県に対し、
砂子沢温泉から鉛山峠を越えて十和田湖へ達する新道の許可申請を願い出たが成らなかった。
同四年には十和田路線に道路警戒標を建てて、安全通行をうながしている。
同五年に大湯十和田間の道路改良工事が、工費二万三、〇〇〇円で行われた。また、大湯三戸線の改良工事も
行われ、この年の末には自動車が通行出来るようになった。