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を勤めている。

六年七月一六日それまで不便をかこっていた柴平地区住民の利便を図るため、柴平村柴内字鶴田に無集配の

柴平郵便局が開局した。一八年一一月一一日末広郵便局が錦木村末広字八幡平七九に開局した。郵便、貯金、為

替、保険、年金の取扱である。

旧村でただ一つ郵便局が無かった曙村にも昭和二二年九月一日やっと郵便局が開設された。新局舎は、当時の

稲垣製材所事務室であったという。

また明治四一年二月一一日、隆盛にむかった小坂鉱山の元山地区社宅群の住民増加により元山郵便局が開局

昭和四〇年移転改称した小坂向陽郵便局として現在に至っている(以上各郵便局沿革誌による)

戦時下の郵便

二等郵便局の処遇改善は、昭和一二年一〇月一日に至り集配を行う郵便局の職員人件費を逓

旧省の直轄支給とし、また三等郵便局長に対しては手当を増額して、無償で提供されていた

局舎についても使用料を支給するという形で進んだ。

六年、従来の一等局(秋田局等)・二等局(大館局等)は普通局となり、特定三等局は指定郵便局、集配お

よび無集配の三等局(花輪を含む鹿角の各局等)は特定郵便局と呼ばれるようになった。指定郵便局はその後次

弟に普通局に改定され、一八年九月指定郵便局制度は廃止された。このため郵便局は、普通局と特定局の二本立

てとなり、現在に及んでいる。なお花輪郵便局が普通局に昇格したのは昭和三二年一二月のことである。

叛時色がいよいよ深まるにつれ、郵便にも各種の統制が始まった。一五年には米穀・木炭の小包取扱が原則的

に停止される一方、速達をポストに投函することが禁止され、小包の速達取扱も停止することになった。一八〓