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第2表鹿角郡小作地率の推移-北秋田郡と比較して
『秋田県史』第六巻大正昭和編第六編産業〓
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第一章農業第15表・第33表から作成
田地において六〇パーセント前後、畑地にお
いて四〇パーセント前後と高率を占め、例る
ば北秋田郡にくらべても際立って高いことが
知られる。このような現象の地域的要因の
つには、鉱山地帯であることから転業や鉱山
出稼、日雇などの賃金収入へ比較的容易に転
ずる途が開けていたからと思われる。
この自作・小作反別の多少は、同じ鹿角郡
内にあっても町村別によってかなり大幅な相
違を示している。大正九年における八カ町村
の反別比較は、次の通りである。
第三表から、各町村の田地にかかわる小作
率を算出すると、毛馬内町九三・六パーセントを最高に、次いで花輪町七九・三、そして大湯村六九・五、柴平
村六六・六、尾去沢村五四・九、宮川村五三・二、錦木村五三・一、曙村四七・一の順となり、これに小坂町、
亡瀧村を加えた郡全体の小作率は六一・四九であった。毛馬内町がとびぬけて高く「地主の町」といわれ、花輪
町、大湯村にも小作地が集中的なのは、藩政期から在町を形成していたこれら三町村に、地方的商業資本の成長
がみられ、しだいに寄生地主化が進行していたからにほかならない。なお寄生地主とは、小作料を取得するだけ
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