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二、農政の変遷
産業組合
大正五年五月、近年一般に農村疲弊の傾向があるとして、その開発振興の具体的方法に関し、
県知事より郡市長会議に諮問がおこなわれた。後日、鹿角郡からは次のような答申要領が提出
されている。
疲弊の素因〓人口の増殖〓生活程度の向上〓農家経済組織の変化〓負債の激増〓その他小作料の高
騰、公課の増加、農業原料の騰貴、学才あるものの離村等
対策大項目-〓勤倹貯蓄励行〓負債整理奨励〓生産業奨励〓共同購買販売奨励〓農民土地買戻奨励
産業組合の主眼とする
事項の実行にありと一
小項目-〓通俗講演会補助〓実業補習学校補助〓勧業諮問会開催〓農業技術昌
設置補助〓農会事業の発展〓鉱業と農業との調和策〓実業視察員派遣〓短期農業講習会開催〓青
年団統一〓軍人分会保護〓畑作模範地設置〓果樹協会設立〓稚蚕共同飼育場設置〓畜産改良補助
〓杞柳栽培奨励〓木通蔓細工奨励〓養鶏の奨励指導
県が明治末から大正前期にかけての農村不況対策として、とくに力を入れたのは産業組合の奨励であった。明
治三三年産業組合法が公布されてから、信用・販売・購買・生産の四種組合またはその兼営組合として次第に普
及した。小農経営の保護、販売・購買の協同化、金融を行い、第二次大戦前までわが国の農業協同組織の中心と
なり、昭和一八年農業団体法によって農業会に転化するまで活動が続けられた。
大正二年における本県産業組合合計九七のうち、鹿角郡は一〇カ町村のうち一五と、他郡市に比しその組織率
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