テキストを表示

旧用購買販売組合はいち早くこれに反応して、農業倉庫を建設し業務を始めた。本庫は花輪稲村橋の袂で一棟

一二

〓)とし、ほかに支庫を大里、谷内に置いて逐次増置することとした。同年一一月末の業務開始から続々入

庫者があって一二月末までに六、〇〇〇俵以上に達し、第一回の共同販売には入札者一一名があったという。具

は翌年五月、農業倉庫補助金として一、七二〇円を交付している。

昭和六年一月花輪町販売購買組合は、同町実業会でも多年の懸案としてきた農業倉庫建設の創立総会を開き、

実現にむかって動きだした。同年九月花輪農業倉庫の落成式が行われ、尽力者の田中徳次郎、浅利庄治両人に謝

意が述べられた。組合員の倉庫利用はふえ、同年一一月中の入庫米二、三〇〇余俵にのぼり主として中央市場に

むけ発送された。七年一月には、農林省へ政府米受渡倉庫の指定方を陳情したが、その願書中に「常時五千俵の

収容力を有し居候へば」云々の文言がみられる。なお六年一二月には、宮川村組合の農業倉庫の支庫が小豆沢駅

前に竣工している。

九年三月、曙村信用組合は新事業として花輪駅前に農業倉庫七〇坪建設を決め、同年一二月約八、〇〇〇円を

もって竣工をみた。その経営には斬新なものがあり、一一年三月鹿角時報に広告を掲載、「花輪駅前の曙組合倉

庫の/優良木炭、一俵でも配達致します/最上醤油、御試用下さい」とうたっている

一三年元日号鹿角時報の鹿角通信欄は「米の値段は豊作と云いますのに二十四五円白米一升三十三銭位に取引

されて居りますが、農家は副業労働の収益があり或は鉱山の復興工事等に出向くので、米は先ず農業倉庫へ預け

て置くという具合で、ふところは皆あたたかい模様です」と、寸評を加えている。