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二年の同競技会出品一〇〇余点の内、遂に一等賞を毛馬内成田吉五郎

氏で独占する結果となり、注目された。

反当二石九

斗一升六合

)、同広林常吉

同二石九

斗六升

)の二

畑作

大正中期の畑作については、『鹿角郡産業調査書』をもとに概要をつぎのようにまとめること

ができる。

(『鹿角郡産業調査書』より)

花輪町は、自体野菜の需要地であるとともに尾去沢という大消費地を控え、近郊の野菜栽培が次第にさかんに

なってきた。しかしまだ専業者は少なく、ほとんどが副業的栽培の段階にとどまっている。台上の上野、米代川

にそう久保田方面がそのおもな栽培地で、とくに久保田辺は白菜、きゅうり、しゅんぎく、えんどう、ほうれん

そう、なす、にんにく、だいこん

等の供給地となっている。ほか〓

下川原地区は古くから郡内唯一の

芹の産地として知られ、雄勝郡一

関より優良品種を移入してさらに

栽培をふやしている。

花輪地区で特筆すべきものに、

二ケ田豊治の種苗店試作部がある。

本来は八百屋を家業としながら種

苗販売を行い、優良種苗育成のた