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注1『秋田県史』資料、大正昭和編

注2秋田魁新聞大正一一年三月一一日付

注3『秋田県史』資料、大正昭和編

注4鹿角時報昭和二年一二月二〇日付

注5秋田魁新報大正七年一二月二八日、八年五月二三日付

注6鹿角時報昭和六年一月二五日、同九月三〇日付

注7同同六年一二月五日、七年一月一〇日付

注8同同九年一二月一一日、一一年三月一日付

狂9同同八年六月一一日、同七月二一日付

狂〓同同一一年六月二一日、一二年一一月一日付

注〓秋田魁新報大正一一年一月八日付

注〓同昭和一〇年一月一〇日付

五、養蚕

不振の養蚕業

鹿角の養蚕は大正三年において、春蚕・夏秋蚕の飼育戸数四〇四戸、掃立枚数二九七枚、収

彌額二四七石という状況を示していた。大正六年県は蚕業振興を目的として桑園増殖十カ年

計画を立て、養蚕農家と収繭額の増加を図った。しかし第一次世界大戦と相次ぐ糸価暴落の影響によって、その

実績はほとんど挙がらなかった。大正九年には、飼育戸数二八五戸、掃立枚数二〇二枚、収繭額二九五石となり、