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第18表大正9年養蚕組合状況
蚕況の隆替
養蚕同業組合は、繭市場開設日割の協定、掃立日取の協議、養蚕研究会の開催などその振興に
(『鹿角郡産業調査書』による)
)とめた。さらに昭和六年養蚕業組合法の制定により県は蚕種の統一や繭の検査・取引法の改
善をはかって、郡ごとに養蚕業組合、町村ごとに単位組合を組織す
ることとした。鹿角郡養蚕業組合は七年一月の設立、組合長に渡部
緊雄が選出された。同年三月、県内蚕種業者による秋田県蚕種業組
県会
合が創立され、組合長に関威
)が推された。
議員
昭和六年七月、製糸業界の不振から繭商人半減という事態がおこ
り、取引量の少い鹿角は春蚕繭の市場開設を見合せ、扇田市場にお
いて合同販売することとなった。この市場の販売数量はつぎのよう
に見込まれ、当時各町村の蚕況をあらわしている。その順は宮川四
二五貫、曙三七〇貫、花輪三三〇貫、毛馬内二五〇貫、尾去沢一〇
五貫、柴平五〇貫、錦木五〇貫、大湯一〇貫で計一、六〇〇貫であ
った。その後八年の春蚕繭は、花輪・毛馬内両市場で約三、〇〇〇
貫おもに県是秋田製糸へ、翌九年春蚕繭は両市場で約二、八〇〇貫
おもに片倉製糸へ特売されている。
同八年五月、県蚕種業組合長関威は養蚕業功労者として、宮中の
紅葉山御養蚕所拝観の栄に浴した。翌九年五月には、鹿角養蚕業組