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第22表秋田県種苗交換会受賞者

りんごの部

〓歩に夫一書の書にととある集を得をその幾しいに數

の好成績を得、瀬田石喜代治は約一町歩に実施し一割程度の被害にとどめる良結果を得た。その後しだいに郡内

にも無袋栽培地が拡大していった

鹿角りんごをはじめ、大戦中におけるおもな果樹の実収高は第二三表の通りである。

本郡の梨は、煙害につよいとして毛馬内町が主産地となり、和梨の長十郎、早生赤、晩三吉

四百目、真鍮をおもに栽植した。その収穫高は大正九年で三万五、七七〇貫、昭和一〇年には

梨その他

七万六、九九五貫をかぞえている。郡内消費は勿論、一時は青森、岩手方面へも移出した。