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第25表郡市別畜種別組合員調(大正5年)

(『秋田県畜産組合事業報告』大正5年)

分の三五を毎年種畜購入額とすることが定められ、ますます

内容の充実をみるに至った。

当時県内に多発した馬の病気に、伝染性貧血症と骨軟症が

あった。伝貧とよばれて恐れられた伝染性貧血症は、明治三

七年まず鹿角郡曙村に発生し、年をおうて大湯、柴平、毛馬

刃、小坂、錦木、花輪および北秋田郡へ蔓延、四〇年末には

由利郡へ侵入して猖獗をきわめ、その後大流行はなかったも

のの毎年病馬はあとを絶たなかった。昭和四年にはこの伝染

性貧血症にかかった馬の殺処分に関する法律が公布され、県

は各郡市ごと馬匹伝貧にかかわる補助金を支出することとなっ

た。鹿角には馬の伝染病貧血症予防を目的に、鹿角郡馬匹衛生組合が組織された。

翌五年二月、鹿角郡家畜保険組合が設立され、組合員の所有する馬について相互保険をなすを目的とす、とう

たわれている。すなわち牛馬の死亡による損失補〓を引受けるもので、わが国家畜保険組合の最初とも二番めと

もいわれた早い設立であった。組合長に勝又次郎、ほか副組合長根本一三、理事阿部貞吉・浅利佐助・谷地政民、

監事金沢卯太郎・小笠原準治の各氏が就任した。昭和五年六月中旬に、宮川村阿部重次郎所有鹿毛一二歳が死亡

し、保険金五〇円の下付を申告したのが、本郡最初の適用事例であった。なお牛については同一〇年から保険引

受を開始した。