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第41表苗木生産高(鹿角郡)

(『鹿角郡産業調査書』による)

苗圃

成果をあげるようになった。

鹿角の植栽造林のほとんどが杉に限られ、大正中ごろより

落葉松、アカシヤの造林がわずかながら行われるようになっ

た。したがって苗圃における育苗の樹種も、おのずから限られている。お

山行

もな生産地は尾去沢と大湯で、大正五年から同九年までの苗木

)の生

産高は、第四一表にあげた通りであった。

大正一一年、本県樹苗同業組合の設立総会に発起人として出席したのは尾

去沢高杉新一郎、大湯瀬川寅吉であった。高杉苗圃については前述したとこ

ろであり、大湯植林株式会社一

代表取締役内藤練

八郎・豊口季治

)は同年八月に瀬川寅吉経営の

樹苗養成・販売の営業所を継承して設立されたものであった。同社は翌々

三年には直轄苗圃一八町歩余、小作苗圃二町歩におよび、秋田杉、落葉松、

アカシヤの苗合計五〇〇万本、その春すでに一〇〇万本を移出したという。

同一五年県樹苗同業組合第一回苗圃品評会には、花輪石木田幸吉、毛馬内

勝田藤治、同石川熊吉がそれぞれ三等賞に入った。その頃から、小坂鉱山煙

害のため長木沢国有林も昔日の面影を失ったといわれる反面、鹿角の苗圃に

限り杉苗のもっとも恐るべき赤枯病の発生が皆無で、煙害が育苗にはむしろ

幸いしたものと取沙汰されている。なお大湯植林株式会社は、小坂鉱山との