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賠償交渉の不調等を理由に昭和七年二月解散するに至った。

木炭

国有林の煙害対策に苦慮した営林局では、耐煙樹木としてアカシヤを採用することとし、昭和四年より長木沢

煙害地に大がかりな植栽をはじめた。花輪営林署においては、尾去沢鉱山製煉所拡張による煙害倍加の対策に、

国有林の峰々に耐煙性のアカシヤ、大島桜、ならのサークル的な造林を行い、自然濾過の役目を果す防煙林をつ

くる計画をたてた。毛馬内営林署もまた緑化運動として、襲煙地帯にアカシヤ、大島桜による防煙装置サークル

を造成すべく、植林中であると新聞は大きく報じている

昭和一〇年、県山林種苗同業組合第一回品評会の苗圃二等賞に、高杉新一郎・勝田藤治が選ばれている

鹿角郡に木炭同業組合の設立をみたのは、大正一三年三月のことであった。組合長に小西郡長、

毛馬

副組合長に関徳太郎

〓)、評議員に関熊太郎

)以下五名が推薦された。本郡の木炭生

産量は、大正一四年には一五万八、二三四俵、六六万一、八五二貫であった。この時期から全県の同業組合が白

主的に移出木炭の検査を実施している。俵装は、費俵に大俵正味八貫、小俵正味四貫であった。

木炭同業組合は毎年現地に製炭講習会を開き、講師に県の製炭指導教師吉田頼秋を招いている。吉田講師は製

炭技術の権威で、いわゆる吉田式築窯法を考案し画期的な業績をあげていた。大正一五年末同業組合の役員改選

が行われ、組合長に関善次郎、副組合長に小田島徳蔵、評議員に高畑春松、高田助次郎、内田孫七、黒沢小次郎、

奈良勝三が就任した。また同年の郡第二回木炭品評会では一等に川上常松、二等に奈良勝三、川上佐市、綱木清

助が入賞している。昭和三年同組合は、二年度木炭生産額は宮川村が最高の六万七、〇〇〇俵、次いで大湯村が

五万六、〇〇〇俵、両村で全郡一六万二、九〇〇俵のほぼ八割を占めている。移出は六割余で白炭・黒炭・雑と