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大正九年における移出入貨物についてみると、移出二万八、一二六トン移入二二万六、一八八トンに達する。更に同年
度における為替取組高をみるに、各地へ向けたる為替金高二三八万四、四五三円、各地より受けたる金高八五万一、〇八
刀円にして、本郡商業の概況を窺知するに足る。移出品の主なるものは金、銀、銅等の鉱産物で、移入品は米穀、海産物
等の食料品並びに製錬原料の鉱石となり、移出貨物中より鉱産物を除けばなんら見るべきもののないのは、将来郡民の大
いに自覚奮励し産業の隆盛をはかり生産品の増加を企図することが急務である。
このような状況を憂える声はつよく、例えば同一三年青年乃鹿角はその時論欄のなかで、わが鹿角郡一カ年の
生産額一、一〇〇余万円というけれども鉱産額七〇〇万円を控除する時わずか四〇〇万円に過ぎない。しかもこ
のうち郡外へ移出するもの何程あろうか、米の移出がやや多くなったものの移入の米もあり、味噌醤油の原料た
る麥、大豆等の移入も多い。衣類、綿糸、日用魚類、諸雑貨すべて移入であるに反し、本郡からは木材、木炭
繭のほか果実、罐詰、牛馬、木通蔓、紫根染等があるにしても、その移出総額は五〇万円を越えることはまずな
い。年ごとに債務を重ねる移入超過の地域経済は、かならずやその地域の衰退をまねくであろう、と警告してい
る。しかしこのような鹿角の宿命的な経済構造は、ついに改善されることがなかった
商業戸数
〈正七年末における鹿角の商業戸数は、第四三表に示す通りである。また同九年の営業別戸数
を第四四表に掲げたが、この年は大戦後の経済恐慌に見舞われ商業もまた不振に喘いでいた
兎四四表の営業別について、例えば其他とする欄の数字が異様に多いことや、両表の戸数を比較し大きな隔り
のあること、とくに曙村と宮川村の数字が入りかわっているのでないかなどの疑問もあるが、一応の状況は推測
できる。