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第54表細工類の状況
(『鹿角郡産業調査書』による)
覧会において、奈良市之亟「三本畝尺一寸平蓋バスケット」
が二等賞を受賞している。
祀柳細工の鹿角創始者は、花輪の工藤治六であった。朴
柳はこうりやなぎ、柳行李の原料である。工藤治六は先進
地の岐阜県において栽培技術と行李製造法を実地に習得の
上、自ら一町歩余の祀柳栽培園を経営し苗木を実費頒布す
るとともに、自宅に工場を設け職人養成と柳行李製造には
いった。一方明治末期に河野隆性郡長も鉱害につよい祀柳
に着目し、郡役所構内に約七畝歩の祀柳苗圃を設置して、
工藤治六を援助した。
この杞柳細工もなかなか技能者が育たず、昭和五年五
○〇〇円の生産をみていたが同一〇年には八〇〇円まで低
落し、とうとう成功の域には達しなかった。
竹細工は伝統の細工業として、おもにかご・ざるの類で、
大湯村下草木・紫平村級ノ木集落がその中心であった。原
料は、無限に山野に自生する根曲竹などで、将来性は有
望なるにもかかわらず、他の細工物と同じく後継者に恵ま