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三、金融

ふえる銀行

第一次世界大戦によって、わが国は各種企業の勃興と輸出の急激な増加から、未曽有の好景気

を現出した。しかしその恩恵の大きさは、逆に大戦の終結とともに、深刻な反動不況という負

の形で、経済界を襲った。

天正の初頭において、鹿角における銀行は、安田銀行花輪出張所

明治三八

年開設

)と秋田銀行小坂出張所

明治四〇

年開設

の二行のみであった。大正五年三月になって、安田銀行が毛馬内に臨時派出所を開設した。

同九年には、戦後の反動的な貿易杜絶から、鉄、染料、薬品等関連商品の暴騰をまねき、海運造船業の衰退と

ともに、工場の休業・倒産が相次いだ。地方においても、一時好況だった米穀・木材が低落し、暗雲におおわれ

ていた。

その反面各銀行には、地方の主要な場所に店舗を新設し、きそって預金獲得に努める傾向があらわれていた。

九年四月五日秋田銀行花輪出張所、同毛馬内出張所が開業し、まもなく盛岡銀行花輪支店が設けられた。

秋田銀行の両出張所については、秋田魁新報同年四月二日付に、大館区裁判所の登記公告が載っている。

出張所鹿角郡花輪町字上花輪百四拾五番地

同同郡毛馬内町毛馬内字毛馬内七番地

右大正九年参月弐拾参日登記

加えて同紙四月五日付には、両出張所の開店広告が二段抜きの大きさで掲載されている。同じく盛岡銀行花輪支