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た秋田無尽にも波及し、同無尽は苦況に立たされた。

青森県では、県会で県内金融機関救済を重大案件として取りあげ、六年一二月二、〇〇〇万円融資意見書の提

出を可決し、政争を中止して大蔵省、農林省等に陳情した。青森県下の経済界の動揺は岩手県に大打撃を与え、

石手県内の盛岡、第九十、岩手の各行はともに取付となり、六年一一月支払制限が発表された。盛岡銀行は、花

香温泉への投資、政治資金流出が直接原因とされているが、この時の恐慌による損害額は、岩手県において約五

○〇〇万円の巨額に達したと推算されている。

盛岡銀行

〓和六年一一月二〇日付鹿角時報には、「盛岡銀行新装/花輪町の一偉観」の見出しの記事が

〓げられている。盛岡市に本店を有し、同県経済界に断然頭角を抜く金田一国士会頭の盛岡銀

行は、花輪線全通を機会に鹿角郡に雄飛すべく着々と計画準備中であり、従来の店舗では狭隘なため、新築中の

鉄筋コンクリート二階建の堂々たる店舗をこの程落成した。総坪数五〇坪、復興式建築で照明、採光ともによく、

花輪町の一偉観である、との内容であった。その記事からはなんの暗い影も感じとれないが、この時すでに本店

では支払制限発表の直前であった。

六年一二月、大蔵省は盛岡、岩手、第九十の三銀行の合併を勧告し、次いで翌七年三月新たな整理案の大綱を

発表した。それによると、資本金二五〇万円の新銀行を設立する、盛岡・岩手銀行は整理の上新銀行に合併する、

右手県は五〇〇万円の県債を起し新銀行の低利資金として貸付ける、というものであった。五月一九日新たに設

立の岩手殖産銀行が営業を開始したが、地元の期待に反し郡部には支店が設置されず、盛岡銀行預金者に対する

なんらの配慮もみられなかった。その上盛岡銀行花輪支店も盛岡へ引揚げを行い新整理案を発表するとの風説が